ヘルスケア新規参入コラムNo.001 電子体温計——コロナ禍で店頭から消えた身近な機器に、いま残っている参入余地
毎週1つの医療機器を公的統計の数字で読み解き、部材供給から最終製品まで、中小企業の事業機会を探すシリーズです。
皆さん、こんにちは!ヘルスケアビジネス総研の原です。
2020年の春、ドラッグストアの店頭から体温計が消えたことを覚えていらっしゃるでしょうか。あれほど身近な機器が、なぜ一斉に手に入らなくなったのか。その答えは国の統計にはっきりと表れています。日本で流通する電子体温計の約4分の3は、輸入品なのです。
このシリーズでは、毎週1つの医療機器を取り上げて、公的統計の数字から中小企業の参入機会を探していきます。第1回は、この最も身近な医療機器から始めます。
今週の数字:市場規模80億円、国内生産は19億円
| 市場規模(生産+輸入) | 約80.0億円 |
| 国内生産 | 約18.9億円 |
| 輸入 | 約61.1億円(約76%) |
| 輸出 | ほぼゼロ |
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/105-1c.html
市場規模は約80億円。身近な機器の割に、市場として大きくはありません。そして国内で生産されているのは、金額ベースで約4分の1にすぎません。しかも輸出はほぼゼロです。パンデミックで世界中の需要が一斉に高まり、国際物流が混乱したとき、輸入に頼っていた店頭から体温計が消えたのは、この構造からすれば必然でした。
なぜこうなったのか——「安くなりすぎた」機器の宿命
電子体温計は、技術的には完成された製品です。センサーで温度を測り、数十秒で結果を表示する。基本構造は何十年も大きく変わっていません。技術が成熟した製品の競争軸は価格に移ります。1本数百円から千円台で売られる体温計を国内でつくっても採算が合わない。そうして生産の海外移転が進みました。国産品の品質が落ちたのではなく、価格で勝負が決まる市場になった、ということです。
比較のために、同じ調査で自動電子血圧計の数字を見ると、市場規模約276億円に対して輸出が約95億円あります。血圧計は日本企業が世界で戦っている品目です。同じ家庭用の測定機器でも、体温計は国内向けの生産すら細っている。品目ごとに数字を確かめる意味は、この違いが見えるところにあります。
終わった市場か、それとも空白か
では、体温計はもう終わった市場なのでしょうか。80億円という規模は、大企業が新規投資の対象とするには小さい一方、中小企業にとっては十分に意味のある大きさです。そして輸入比率76%という数字は、裏を返せば国内の供給にそれだけ空白があるということです。医療物資の安定供給が政策テーマになっている今、「有事に止まらない国産供給」には、それ自体に価値が生まれつつあります。
ただし、押さえておきたいのはこの品目の性格です。体温計は、診断や治療の中核を担う機器というより、家庭の安心を支える生活寄りの機器です。医学的な高度さで差をつけられる余地は大きくありません。だからこそ、機器を単体で売る発想のままでは、価格競争に戻ってしまいます。考えるべきは、「体温を測る」という機能にどう価値を足すかです。
入り口はどこか——「測る」を価値に変える方向で考える
一つ目の方向はIoT化です。通信機能を持たせ、測った値が自動で記録され、家族や施設の管理者に共有される形にすれば、体温計は単品の機器から、見守りや健康管理サービスの入り口に変わります。収益も、本体の売り切りからサービス利用料の継続収益へと形が変わります。
二つ目の方向は技術の応用展開です。体温計づくりで磨かれる精密な温度センシングや小型化の技術は、体温計の中だけで使うものではありません。たとえば手術支援ロボットのような高度な医療機器の内部温度管理、検体や医薬品の輸送・保管の温度監視など、より単価の高い領域に通じる技術です。体温計を最終製品としてではなく、自社の温度計測技術を医療分野で実証する足場と捉える見方もできます。
三つ目は、王道の用途特化の完成品です。特定の使い手と使う場面に絞り込み、汎用品と同じ棚で戦わない設計にする。体温計はクラスII(管理医療機器)で、第三者認証機関の審査で市場に出せるルートが整備されているため、こうした挑戦をしやすい部類の品目ではあります。販路は家庭向けならドラッグストアやEC、施設向けなら地域のディーラー(医療機器販売業者)が窓口です。
今週のまとめ
電子体温計は、市場規模80億円・輸入76%・輸出ほぼゼロ。国産供給の空白は確かにありますが、機器を単体で売る発想で入れば価格競争に飲み込まれる市場です。教訓は一つ。成熟した身近な品目は、そのまま戦う場ではなく、測る技術とデータに価値を足す足場として見る。御社の技術が「測る」の周辺のどこに価値を足せるか、IoT化・応用展開・用途特化の三つの方向に当てて、一度書き出してみてください。このシリーズでは毎週1品目ずつ、そうした判断の材料になる数字をお届けしていきます。
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本記事の統計数値は厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」(令和6年)に基づきます。市場の解釈・ビジネス機会に関する記述は筆者の見解であり、特定の事業の成果を保証するものではありません。医療機器の製造販売には薬機法に基づく許認可が必要です。具体的な参入をご検討の際は専門家にご相談ください。