ヘルスケア新規参入コラムNo.008 滅菌済み鍼——76億円市場で輸出26億円。極細の金属加工が支える意外な輸出品
毎週1つの医療機器を公的統計の数字で読み解き、部材供給から最終製品まで、中小企業の事業機会を探すシリーズです。
皆さん、こんにちは!ヘルスケアビジネス総研の原です。
鍼灸院の鍼治療を受けたことはあるでしょうか。受けたことのない方でも、髪の毛ほどの細い鍼を体に打つ、あの治療の様子は思い浮かぶと思います。今回の品目は、その鍼そのもの。正確には、一本ずつ滅菌され、使い捨てを前提につくられた「滅菌済み鍼」です。
かつての鍼治療では、鍼を消毒して繰り返し使うことがありましたが、衛生管理の考え方が進んだ現在は、滅菌済みの使い捨てが標準になっています。注射針が使い捨てになったのと同じ流れです。つまりこの製品は、毎日の治療のたびに消費されていく完全な消耗品です。そしてこの小さな金属製品には、輸出26億円という意外な実績があります。
今週の数字:市場規模76億円、輸出26億円
| 市場規模(生産+輸入) | 約75.8億円 |
| 国内生産 | 約59.4億円 |
| 輸入 | 約16.4億円(約22%) |
| 輸出 | 約26.4億円 |
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/105-1c.html
市場規模は約76億円。国内生産が約59億円と8割近くを占め、輸入は約22%にとどまります。注目は輸出の約26億円です。国内生産59億円のうち、4割超に相当する金額が海外へ出ている計算になります。はっきりとした輸出型の品目です。
なぜ鍼が輸出産業なのか
鍼治療は東洋医学に由来する治療ですが、現在では欧米をはじめ世界の幅広い地域で行われています。海外で鍼治療が広がれば、そこで使われる鍼の供給が必要になります。その供給元として日本の製品が選ばれている、というのが輸出26億円の背景です。
選ばれる理由は、ものづくりの中身にあります。鍼は直径0.1〜0.3ミリ程度の極細の金属線を、先端の形状まで精密に加工し、曲がりやムラなく大量に、しかも一本ずつ滅菌された状態で安定供給する製品です。極細線の加工、品質の均一性、滅菌と包装。日本の製造業が得意としてきた要素が揃っています。単純に見えて、実は技術の塊なのです。
機会の所在——完全な消耗品という強み
ビジネスの目線で見たとき、この品目の最大の魅力は消耗品であることです。鍼灸院が営業を続ける限り、鍼は毎日消費され、発注が繰り返されます。一度取引が始まれば収益が安定して続く。機器の売り切りとはまったく違う商売の形です。買い手である鍼灸院は全国の津々浦々にあり、特定の大口顧客に依存しにくいことも、商売の安定に寄与します。
そのうえで空白を探すなら、輸入22%という部分と、製品の周辺にあります。国内市場の2割を占める輸入品は、主に価格で選ばれていると考えられます。価格と品質の間で、まだ選択肢が出尽くしていない可能性があります。また、鍼本体の周辺には、施術を支える道具立てや包装の工夫といった、本体ほど目立たない改善余地が残っています。美容分野で鍼への関心が広がっていることも、用途の裾野という意味で見ておきたい動きです。
もう一つ、この品目で注目したいのは、技術の応用範囲です。痛みを感じにくいほど細い針を精密に量産する技術は、鍼灸の世界にとどまりません。医療の分野では、注射の痛みを減らす極細針や、皮膚のごく浅い層に薬剤を届けるマイクロニードルといった方向に、細い針の技術が広がっています。鍼の製造で磨かれる技術は、より大きな品目への展開可能性を持った技術なのです。
中小企業の入り口はどこか
まず手前の入り口は製造工程への参画です。極細線の伸線や先端加工といった金属微細加工、一本ずつの包装、滅菌の受託。とくに滅菌は、この製品に限らず医療機器全般で必要とされる工程であり、滅菌受託の体制を持つことは、他の品目への展開にもつながる足場になります。注射針やカテーテルなど、医療機器には滅菌済みの単回使用製品が数多くあります。一つの工程技術が、複数の品目への扉になるのです。
一歩踏み込むなら、完成品としての鍼や周辺製品です。滅菌済み鍼はクラスII(管理医療機器)で、第三者認証機関の審査で市場に出せるルートが整備されています。金属微細加工に強みのある会社が、自社技術の延長線上で完成品まで手がける形は、この品目では現実味のある道筋です。
売り先は、鍼灸院向けの卸・通販が中心になります。全国の鍼灸院に直接営業する必要はなく、業界向けの卸ルートに乗ることが現実的な入り口です。輸出26億円という数字が示す通り、海外の施術者向け市場も視野に入ります。国内の消耗品取引で足場を固め、海外へ広げる。この品目には、その順番が描きやすい構造があります。輸出といっても、いきなり海外に拠点を構える話ではありません。海外の卸や展示会を通じた小さな取引から始められるのも、軽くて単価の安い消耗品ならではの利点です。
今週のまとめ
滅菌済み鍼は、市場規模約76億円・国内生産8割・輸出26億円。極細の金属加工と滅菌・包装の技術が支える輸出型の品目でした。毎日消費される完全な消耗品であり、収益の続きやすさは医療機器の中でも指折りです。派手さのない小さな製品にこそ、日本のものづくりの強みと、安定した商売の種が隠れている。微細加工・滅菌・包装。御社の工程がこのどれかに重なるなら、医療分野の受託という入り口から検討してみてください。
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本記事の統計数値は厚生労働省「薬事工業生産動態統計年報」(令和6年)に基づきます。市場の解釈・ビジネス機会に関する記述は筆者の見解であり、特定の事業の成果を保証するものではありません。医療機器の製造販売には薬機法に基づく許認可が必要です。具体的な参入をご検討の際は専門家にご相談ください。