普通の会社でもできるヘルスケア事業参入の秘訣#54 なぜ今、ヘルスケア参入にDXが必須なのか?失敗を避ける基礎知識

こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。
「原先生、最近医療DXという言葉をよく聞くのですが、正直何のことかよく分からないんです。うちもヘルスケア事業への参入を検討しているのですが、DXは必要なのでしょうか?」
先日、製造業を営む経営者の方から、このような率直なご質問をいただきました。実はこの方だけではなく、多くの経営者が同じような疑問を抱えています。
プロコネクト社の調査によると、DXプロジェクトの60〜80%が失敗しているという衝撃的なデータがあります。なぜこれほど多くの企業がDXに失敗するのでしょうか。その最大の理由は、「DXとは何か」を正しく理解せずに取り組んでいるからです。
今回は、ヘルスケアビジネスへの新規参入を検討されている経営者の皆様に向けて、DXの本当の意味と、医療DXとは何なのか、そしてなぜそれが重要なのかを、できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います。
DXとは「デジタルで会社の仕組みを根本から変える」こと
まず、DXとは「デジタルトランスフォーメーション」の略称です。なぜ「DT」ではなく「DX」なのかというと、英語圏では「trans」を「X」と略す習慣があるためです。
2018年に経済産業省が発表した定義によれば、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とされています。
難しく聞こえるかもしれませんが、要するに「デジタル技術を使って、会社の仕組みを根本から変える」ということです。
ここで重要なのは、単に紙をデジタル化したり、パソコンを導入したりすることではないという点です。それは「IT化」や「デジタル化」であって、DXではありません。DXは、ビジネスモデルそのものを変革することを意味します。
例えば、タクシー業界を考えてみましょう。従来のタクシー会社が配車アプリを導入するのは「デジタル化」です。しかし、Uberのように、一般の人が自家用車でタクシーサービスを提供できる仕組みを作るのが「DX」です。ビジネスの仕組みそのものが変わっているのがお分かりいただけるでしょうか。
なぜDXは難しいのか?3つの壁
先ほどお伝えしたように、DXプロジェクトの多くが失敗に終わっています。その理由を整理すると、大きく3つの壁があることが分かります。
第一の壁は「目的の不明確さ」です。多くの企業が「とりあえずDXをやらなければ」という焦りから、何のためにDXをするのかを明確にしないまま始めてしまいます。IPA(情報処理推進機構)の「DX動向2024」によれば、DXに取り組んでいない企業の約2割が、その理由として「DXの知識や情報の不足」を挙げています。
第二の壁は「組織の抵抗」です。DXは既存の仕組みを変えることですから、当然、現場からの抵抗が生じます。特に日本企業では、長年培ってきたやり方を変えることへの心理的抵抗が強い傾向があります。
第三の壁は「技術への過度な期待」です。AIやIoTといった最新技術を導入すれば自動的に問題が解決すると考えがちですが、技術はあくまでも手段です。どのように活用するかという戦略がなければ、高価なシステムを導入しても宝の持ち腐れになってしまいます。
ヘルスケア分野こそDXのチャンスがある
ここで、なぜヘルスケア分野への参入を考える企業にとってDXが重要なのかをお話しします。
ヘルスケア業界は異業種からの参入が活発化している分野の一つです。その背景には、医療のデジタル化が急速に進んでいることがあります。2022年5月、自由民主党政務調査会は「医療DX令和ビジョン2030」を提言し、日本の医療分野のデジタル化を推進する具体的な目標を掲げました。
このビジョンの中核となるのは、次の3つの柱です。第一に「全国医療情報プラットフォーム」の創設。これは医療機関、介護施設、自治体などでバラバラに管理されている患者情報を一元的に活用できるようにする仕組みです。第二に「電子カルテ情報の標準化」。2026年までに80%、2030年までに100%の医療機関での導入を目指しています。第三に「診療報酬改定DX」です。
ヘルスケア分野の特徴は、まだデジタル化が遅れている領域が多いことです。つまり、DXによって大きな価値を生み出せる余地が残されているのです。例えば、患者の健康データを活用した予防医療サービス、オンライン診療システム、AIを活用した診断支援など、新しいビジネスモデルが次々と生まれています。
しかし、なぜ医療分野ではDXが遅れているのでしょうか。その背景には、構造的な問題があります。医療機関のシステムは、それぞれが独自仕様で構築されていることが多く、相互にデータをやり取りすることが困難な状況が続いています。また、一度導入したシステムを他社製品に切り替えることが技術的・経済的に難しい構造となっており、これが医療機関のデジタル化を阻む要因の一つとなっています。さらに、医療データの取り扱いには厳格なセキュリティ要件があり、これも新しいシステムの導入を慎重にさせる要因となっています。
重要なのは、医療の専門知識がなくても参入できる領域が存在することです。異業種企業がヘルスケア分野で成功している事例が増えています。製造業の品質管理ノウハウを医療機器の製造に活かしたり、IT企業のデータ分析技術を健康管理サービスに応用したりといった形で、自社の強みを活かした参入が可能なのです。
医療DXの本質的な課題
ここまで見てきたように、DXの重要性は理解されつつも、実際の推進には大きな壁があります。特に医療・ヘルスケア分野では、その課題がより顕著に現れています。
最も大きな課題は、「部分最適」に陥りやすいことです。各医療機関が独自にシステムを導入した結果、全体としての効率化が図れない状況が生まれています。患者が複数の医療機関を受診する際、同じ検査を繰り返したり、薬の重複処方が起きたりするのは、まさにこの部分最適の弊害です。
また、医療現場とIT企業の間に存在する「言語の壁」も無視できません。医療従事者が求める機能と、IT企業が提供する機能がかみ合わないケースが多く見られます。これは、お互いの業界の常識や専門用語が異なることに起因しています。
さらに、投資対効果の測定が難しいという問題もあります。医療の質の向上や患者満足度の上昇といった成果は、数値化しにくく、経営判断を困難にしています。
しかし、これらの課題は、見方を変えれば大きなビジネスチャンスでもあります。異業種から参入する企業だからこそ、業界の常識にとらわれない新しい解決策を提案できる可能性があるのです。
医療DXは決して簡単な道のりではありません。しかし、超高齢社会を迎える日本において、医療・ヘルスケアの効率化と質の向上は待ったなしの課題です。自社の強みを活かしながら、この大きな社会課題の解決に貢献することは、企業にとっても大きな成長機会となるはずです。
こういった医療DXについて、真剣に考えて取り組んでみてはいかがでしょうか。
引用文献リスト
- プロコネクト株式会社(2024)「【DXは6割以上が失敗する】DX失敗のメカニズムを事例とともに現役最前線のDXコンサルが解説」
https://pro-connect.jp/columns/detail/dx-failure/ - 経済産業省(2018)「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
- 独立行政法人情報処理推進機構(2024)「DX動向2024」
https://www.ipa.go.jp/digital/chousa/dx-trend/eid2eo0000002cs5-att/dx-trend-2024.pdf - 厚生労働省(2024)「医療DXについて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/iryoudx.html - 三井住友銀行(2024)「DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?定義や事例を紹介」https://www.smbc.co.jp/hojin/magazine/planning/about-dx.html