普通の会社でもできるヘルスケア事業参入の秘訣#52 医療機器企業が陥りやすい「成長の罠」-隣接領域展開と社内協力の重要性

こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。
先日、ある中堅医療機器メーカーの経営者様から興味深いご相談をいただきました。「原先生、うちも創業から15年が経って、ようやく国内でそれなりのシェアを獲得できるようになりました。でも最近、成長が鈍化してきて…。今の事業とは全く違う分野の医療機器にも挑戦すべきでしょうか?」
実はこの悩み、多くの医療機器企業が直面する共通の課題です。ある程度の成功を収めた企業ほど、次の一手として「大きく飛躍したい」という思いから、現在の事業領域とは全く異なる分野への進出を検討してしまうケースが多いのです。しかし、ここに大きな落とし穴があります。
なぜ企業は「成長の罠」に陥るのか
医療機器市場は確かに魅力的です。日本の医療機器市場規模は約3兆円、世界市場では2024年に約5,424億ドル(約81兆円)に達し、年平均成長率6〜7%という高成長を続けています。こうした数字を見ると、「もっと大きな市場を狙わなければ」という焦りが生まれるのも無理はありません。
しかし、ここで多くの企業が犯す過ちがあります。それは、「とにかく新しい分野に進出すれば成長できる」という短絡的な思考です。特に、現在の事業領域から大きく離れた分野への進出は、想像以上に困難を伴います。
見過ごされがちな「営業リソースの壁」
医療機器業界の特徴として、診療科ごとに全く異なる商慣習や人脈が存在します。例えば、内視鏡を扱う消化器科と整形外科では、学会も違えば、重視するポイントも異なります。営業担当者が長年かけて築いてきた消化器科での人脈や信頼関係は、整形外科では全く通用しません。
このような状況で、全く異なる診療科向けの製品を開発した場合、既存の営業チームは元々の顧客対応で手一杯で、新規開拓に時間を割けないという問題が生じます。かといって、新分野専門の営業担当者を採用するには、人件費や教育コストがかかりすぎます。
さらに深刻なのは、社内の協力体制の問題です。新分野への進出が開発部門主導で進められると、営業部門からは「今の顧客対応で手一杯なのに、なぜ全く違う分野の製品を売らなければならないのか」という不満の声が上がることがあります。マーケティング部門も「これまでのノウハウが活かせない」と消極的になり、結果的に開発部門が孤立してしまうケースもあるのです。
隣接領域への展開がもたらすシナジー効果
それでは、医療機器企業はどのように成長戦略を描くべきなのでしょうか。私がお勧めしているのは、現在の事業領域に隣接した分野への展開です。

隣接領域とは、例えば消化器内視鏡を扱っている企業であれば、同じ消化器科で使用される処置具や洗浄装置などが該当します。あるいは、整形外科向けのインプラントを扱っている企業であれば、同じ整形外科で使用される手術器具や関連する消耗品などです。これらの分野であれば、既存の営業ネットワークや顧客基盤を活かすことができます。
重要なのは、営業リソースの共有だけではありません。マーケティング部門は既存の顧客データベースを活用でき、サービス部門も同じ病院を訪問する際にまとめてメンテナンスを行えるようになります。また、薬事申請のノウハウや品質管理体制など、既存の経営資源を最大限に活用できることも大きなメリットです。つまり、企業全体でシナジー効果を発揮できるのです。
経営者のリーダーシップと段階的な展開
新規領域への進出を成功させるためには、経営者の強いリーダーシップが不可欠です。営業部門と開発部門が個別に話し合っても、結局は部門の利害が対立して前に進みません。重要なのは、経営者がトップダウンで明確な方針を示し、全社的な協力体制を構築することです。
ただし、いきなり大規模な投資をして全社を巻き込むのはリスクが高すぎます。まずは小規模なパイロットプロジェクトとしてスタートし、成果を示しながら徐々に社内の理解と協力を得ていくアプローチが有効です。
経営者は、営業部門に対して「新規事業のために一定のリソースを提供せよ」という明確な指示を出す必要があります。同時に、マーケティング部門にも市場調査や競合分析のリソースを割り当てるよう指示します。これは部門間の自主的な協力に期待するのではなく、経営判断として全社的に取り組むべき課題なのです。
特に隣接領域への展開であれば、既存の市場知識やデータ、営業ネットワークを活用できるため、小規模なスタートでも成果を出しやすくなります。この初期の成功体験が、社内の協力体制をさらに強固にしていくのです。
医療機器企業が成長を目指すこと自体は、決して間違いではありません。しかし、成長を急ぐあまり、自社の強みや経営資源を無視した拡大戦略は、かえって企業を弱体化させる恐れがあります。
まとめ:持続的成長への道筋
医療機器企業が持続的な成長を実現するためには、単に市場規模の大きさだけを追求するのではなく、自社の経営資源を最大限に活用できる領域を見極めることが重要です。特に、営業・マーケティング・サービスといった部門間の協力が得られるかどうかは、新規事業の成否を大きく左右します。
隣接領域への展開は、一見すると地味に見えるかもしれません。しかし、既存のリソースとのシナジーを活かしながら着実に事業を拡大していくことこそが、結果的に大きな成長につながるのです。開発部門の情熱と、営業部門の現実的な視点、そしてマーケティング部門の市場知識。これらが一体となって初めて、真の成長戦略が実現できるのではないでしょうか。
皆様の企業では、どのような成長戦略を描いていますか?今一度、社内のリソースと協力体制を見直してみてはいかがでしょうか。