普通の会社でもできるヘルスケア事業参入の秘訣#50 医療機器企業の組織変革は「小さな専任チーム」から始めよ

こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。
先日、ある医療機器メーカーの社長から興味深いご相談をいただきました。「原先生、新しい取り組みを始めようとしても、社内がなかなか動いてくれないんです。みんな今のやり方に慣れきってしまって」というお話でした。
実はこの悩み、多くの医療機器企業の経営者が抱えている共通の課題なのです。野村総合研究所の調査でも、医療機器メーカーがビジネスのサービス化を進める際の最大の障壁として、既存の組織構造と意思決定プロセスの硬直性が挙げられています。
今回は、この課題を突破した企業の事例から、組織変革への第一歩をどう踏み出すべきかをお話しします。
医療機器企業特有の「慎重さ」という壁
医療機器企業における意識改革の難しさには、この業界特有の理由があります。医療機器は人の命に関わる製品です。だからこそ、品質管理や安全性確保が何よりも重要視されます。この「失敗は許されない」という文化が、新しいことへの挑戦を躊躇させる要因となっているのです。
さらに、医療機器業界は規制が厳しく、一度確立した手順を変更するには多大な労力が必要です。薬機法への対応、ISO認証の維持など、変更に伴う手続きの煩雑さも、社員が現状維持を選ぶ理由の一つとなっています。
このような環境下で、どうすれば組織に変革の風を吹き込めるのでしょうか。
オリンパスが示した「小さな専任チーム」の威力
ここで注目したいのが、オリンパスの事例です。同社は2019年に創立100周年を迎えた老舗企業ですが、映像事業の急激な縮小という危機を、医療事業への転換で乗り越えました。しかし、その成功に安住することなく、さらなる変革に挑戦したのです。
同社が取り組んだ「クロスイノベーション」プログラムの中で、最も印象的なのは「イノベーション推進室」の設置でした。これは既存の事業部門から独立した専任チームで、以下の特徴を持っていました。
まず、チームは少人数でスタートしました。各事業領域からエース人材を選抜し、「チーフフェロー」と呼ばれる新たな職階を設けました。重要なのは、彼らが既存業務から完全に切り離され、変革に専念できる環境を作ったことです。
次に、明確な予算を確保しました。同社は研究開発費の10%相当を変革のための投資として確保し、このチームに権限を与えました。これにより、小さな実験や試作を素早く実行できる体制が整ったのです。
そして最も重要なのは、わずか1.5年という短期間に8つの施策を矢継ぎ早に実施したことです。医療の未来像を描いたムービーの作成、社内外へのメッセージ発信、若手からのアイデア公募など、次々と目に見える成果を生み出していきました。
なぜ「専任チーム」が効果的なのか
専任チームによるアプローチが効果的な理由は明確です。
第一に、既存業務に邪魔されずに新しいことに挑戦できます。兼務では「通常業務が忙しくて」という言い訳が生まれがちですが、専任なら変革に集中できます。
第二に、小さな成功を素早く生み出せます。大きな組織全体を動かそうとすると時間がかかりますが、小さなチームなら機動的に動けます。そして、その成功事例が社内に伝わることで、「うちの部署でも何かできるのでは」という機運が自然に生まれるのです。
第三に、失敗のリスクを限定できます。仮に上手くいかなくても、小さなチームの実験として受け止められるため、組織全体への影響は限定的です。これは「失敗は許されない」という医療機器業界の文化とも相性が良いアプローチです。
明日から始められる「変革推進室」
それでは、具体的にどのように始めれば良いのでしょうか。
まず、社内から1-2名の人材を選抜し、「変革推進室」や「イノベーション推進室」といった名称の専任チームを作ってください。人選のポイントは、現場をよく知っていて、かつ新しいことに前向きな中堅社員です。必ずしもエース級でなくても構いません。むしろ、この機会に成長したいという意欲のある人材が適しています。
次に、このチームに明確なミッションと予算を与えてください。最初は小さくて構いません。例えば「3か月以内に業務改善の成功事例を1つ作る」といった具体的で達成可能な目標を設定します。予算も数百万円程度から始めれば十分です。
そして最も重要なのは、経営トップが定期的にこのチームと対話することです。週に一度、30分でも構いません。進捗を聞き、困っていることがあれば支援し、成功したら全社に向けて発信する。この繰り返しが、組織全体の意識を少しずつ変えていくのです。
野村総合研究所の報告書でも指摘されているように、組織変革には「ボードメンバーのオーナーシップ」が不可欠です。しかし、それは大げさな宣言や全社的な号令ではありません。小さな専任チームを作り、そこから始まる変化を見守り、支援することこそが、真のオーナーシップなのです。
医療機器企業の組織変革は、確かに簡単ではありません。しかし、小さな専任チームから始めることで、着実に前進することができます。オリンパスがわずか1.5年で大きな変化を生み出したように、あなたの会社でも必ず変革の芽は育つはずです。
まずは、明日にでも「誰を専任にするか」を考えることから始めてみませんか。その小さな一歩が、きっと大きな変革への道筋となるはずです。
出典URL
- 医療機器メーカーにおけるビジネスのサービス化戦略と組織のトランスフォーメーション(知的資産創造 2019年12月号)
- 医療機器産業ビジョン2024(経済産業省)
- 医療機器開発イノベーション人材育成プログラム(MID)