普通の会社でもできるヘルスケア事業参入の秘訣#49 医療機器企業の事業創造プロセス設計:プロが教える「逆算思考」の重要性

~技術開発から始めると、なぜ失敗するのか~

こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。

先日、ある医療機器メーカーの経営者の方と食事をしていたときのことです。「原先生、うちも新規事業を立ち上げたいんですが、どこから手をつけていいか分からなくて…」と相談を受けました。その後の会話で、私が「まず最初に、10年後に御社がどんな企業になっていたいか、そこから逆算していますか?」と質問すると、相手の方は少し驚いた表情を見せました。

実は、この「逆算思考」こそが、医療機器事業創造のプロセス設計において、プロと素人を分ける決定的な違いなのです。多くの企業が「まず良い技術を開発して、それから売り方を考えよう」というアプローチを取りがちですが、これは医療機器ビジネスにおいては致命的な誤りになりかねません。

なぜ多くの医療機器開発が失敗するのか

日本医療研究開発機構(AMED)が公開している医療機器開発のチェックポイントによると、医療機器の研究開発には複数のステージゲートが設けられており、各段階で厳格な評価が必要とされています。しかし、実際の開発現場では、技術的な完成度ばかりに目が向き、事業としての成立要件を後回しにしてしまうケースが後を絶ちません。

私がこれまで見てきた失敗パターンの多くは、開発の初期段階で「出口戦略」を明確にしていないことに起因しています。御社の持つ優れた技術を投入して製品を開発しても、保険収載のめどが立たない、販売チャネルが確保できない、想定していた価格で売れない、といった問題に直面して、結局は事業化を断念するケースが多いのです。

特に異業種から参入する企業の場合、この傾向が顕著です。野村総合研究所の「医療機器産業における異業種参入の成功要因に関する調査」(2019年)によれば、異業種参入企業の多くが、医療機器特有の規制や商慣習への理解不足から、当初の事業計画を大幅に修正せざるを得ない状況に陥っています。

プロが実践する「逆算型事業創造プロセス」

それでは、成功する医療機器事業はどのようにして生まれるのでしょうか。私が普段実践している、いわば逆算型の事業創造プロセスは、従来の技術起点のアプローチとは180度異なります。

まず最初に考えるべきは、収益化の先に、御社がどのように成長したいのかを明確にすることです。「10年後に医療機器市場でどのようなポジションを確立したいか」「どの領域のリーディングカンパニーになりたいか」という企業としてのビジョンから逆算するのです。

そのビジョンを実現するために、「いつ、どのような形で収益化するか」という具体的な道筋を描きます。医療機器の場合、主な収益化の方法は保険収載による診療報酬の獲得、自由診療市場での販売、コンシューマ向け市場での販売、そして海外市場への展開に大別されます。それぞれに必要な準備期間や投資規模が異なるため、最初にどの道を選ぶかを明確にする必要があります。

例えば、保険収載を目指す場合、申請から承認まで最低でも2年から3年、複雑な機器では5年以上かかることも珍しくありません。さらに、保険点数の設定には既存治療との比較データが必要となるため、臨床試験の設計も含めて逆算すると、事業化までに7年から10年の期間を見込む必要があります。

一方、自由診療市場を狙う場合は、保険収載に比べて短期間での事業化が可能ですが、価格設定の自由度が高い分、マーケティング戦略がより重要になります。また、海外市場を視野に入れる場合は、各国の規制要件や市場特性を踏まえた戦略立案が必要です。

「逆算思考」を事業プロセスに落とし込む

例えば、ある整形外科領域の医療機器を5年後に保険収載することを目指す場合、以下のような逆算プロセスを組み立てます。まず5年後の保険収載申請時点から逆算して、その前に薬事承認を取得している必要があります。薬事承認申請には臨床試験データが必要なため、その前に2年間の臨床試験期間を設定します。さらにその前段階として、非臨床試験に1年、そして試作品の開発と設計に1年半を配分します。

このように逆算していくと、今すぐに着手すべきことが明確になります。多くの企業が陥る「まず試作品を作ってから考える」というアプローチでは、後工程で必要な要件を満たせずに手戻りが発生し、結果的に時間とコストの大幅な超過を招くのです。

特に重要なのは、この逆算プロセスを御社の強みと照らし合わせることです。「うちの技術力なら開発期間を短縮できる」「既存の販売網を活用すれば市場導入が早い」といった自社の優位性を組み込んで、より現実的で競争力のあるプロセスを設計するのです。

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まとめ:逆算思考が医療機器ビジネスの成否を分ける

医療機器企業の事業創造において、技術力だけでは成功できません。重要なのは、御社が目指す将来像から逆算した戦略的なプロセス設計です。

「10年後にどうなっていたいか」を明確にし、そこから逆算して今すべきことを定義する。この思考法こそが、プロが実践する事業創造の本質なのです。

多くの経営者が「技術はあるが事業化できない」と悩まれています。しかし、それは技術の問題ではなく、プロセス設計の問題であることがほとんどです。御社の優れた技術と経営資源を、正しい順序で、正しいタイミングで投入すれば、必ず道は開けます。

皆さんの企業でも、まず将来のビジョンを明確にし、そこから逆算して事業プロセスを設計してみてはいかがでしょうか。それが、成功への第一歩となるはずです。

参考文献

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