普通の会社でもできるヘルスケア事業参入の秘訣#44 ヘルスケア領域における破壊的イノベーションの起こし方

既存の常識を覆す3つの戦略

こんにちは、ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。

「原先生、開業医で使う新しい製品を出したのですが、なかなか市場に浸透しないんです。既存の大手メーカーが似たような製品を出してきて、価格競争になってしまっています。どうすれば本当の意味での革新的な製品として受け入れてもらえるでしょうか?」

あるメーカーの開発責任者からの相談です。この会社は伝統あるものづくり技術を持ちながらも、市場での差別化に苦戦していました。実はこの悩みは、ヘルスケア領域で新たな価値を生み出そうとする多くの企業に共通するものです。

ヘルスケア業界は保守的と言われ、新しい技術やサービスが市場に浸透するまでに時間がかかると言われています。しかし、それは本当でしょうか?むしろ私は、正しく「破壊的イノベーション」の原理を理解し、それをヘルスケア市場の特性に合わせて実践できれば、大きな変革を起こせると考えています。

今回は、ヘルスケア領域において破壊的イノベーションを成功させるための考え方と実践方法についてお話ししたいと思います。

破壊的イノベーションとは何か

まず、「破壊的イノベーション」という言葉の本当の意味を理解しておく必要があります。この概念はハーバード・ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授が著書『イノベーションのジレンマ』で提唱したもので、「既存の価値基準を覆し、新たな価値尺度を設定するイノベーション」を指します。

重要なのは、破壊的イノベーションは必ずしも技術的に優れていることや高機能であることを意味するわけではないということです。むしろ、「既存の評価基準では劣るが、別の価値基準では優れている製品・サービス」というのが特徴です。

破壊的イノベーションの重要な特徴は、既存の主流市場ではなく、「新しい市場」や「ローエンド市場」から始まるという点です。既存の主流市場の顧客からは「そんな簡易的なものでは不十分だ」と評価されるかもしれませんが、別の価値(使いやすさ、アクセスのしやすさ、低コストなど)を重視する新しい顧客層に受け入れられることが出発点となります。

そして、そのような製品やサービスは徐々に性能を向上させながら、最終的には主流市場にも浸透していくというパターンを持つのです。

ヘルスケア業界における破壊的イノベーションの壁

ヘルスケア業界、特に医療機器や医療サービスの分野では、なぜ破壊的イノベーションが難しいのでしょうか?

まず、医療業界特有の複雑なステークホルダー構造があります。一般的なビジネスでは企業が顧客に価値を提供し、その対価を得るというシンプルな構造ですが、医療業界では患者(最終ユーザー)、医療提供者(医師・病院)、支払者(保険者・政府)、規制当局など、多くの登場人物が絡み合っています。

株式会社グローバルインフォメーションの市場調査によると、世界のデジタルヘルス市場は2025年には4,837億5,000万ドルに達すると予測されており、成長率は極めて高いです。これほど大きな市場があるにもかかわらず、その成長速度に見合った革新的な製品・サービスの普及は限定的です。

なぜでしょうか?それは、この複雑なステークホルダー構造の中で、誰か一人でも「No」と言えば事業が成り立たないためです。例えば、患者や医師が素晴らしいと思う製品でも、保険制度に組み込まれなければ普及しないという現実があります。

ヘルスケア領域で破壊的イノベーションを起こすための3つの戦略

ではどうすれば良いのでしょうか?ヘルスケア領域で真の意味での破壊的イノベーションを実現するために、私は以下の3つの戦略を提案します。

1. 「ニッチからの攻略」戦略

破壊的イノベーションを成功させるための第一の戦略は、大企業が見向きもしないニッチな市場から攻略することです。

クリステンセン教授の研究によれば、破壊的イノベーションの多くは、まず「ローエンド市場」や「新市場」という、既存の主流企業が魅力を感じない市場で受け入れられることから始まります。ヘルスケア領域でも同じ原理が適用できます。

スペンサー・ナム氏(クレイトン・クリステンセン・インスティチュート ヘルスケア領域 上席主任研究官)は、ヘルスケア業界における破壊的イノベーションを「既存のシステムが利益の最大化を目指す一方で、異なる技術、ビジネスモデル、バリューネットワークによって生じた新たなシステムに顧客が移行する現象」と定義しています。

具体的には、大手企業が手を出さないような特定の疾患領域や患者層に特化したサービスから始めることが有効です。例えば、高額な医療機器の導入が難しい中小規模の医療施設向けに、必要最低限の機能を持つ低価格の医療機器を提供するというアプローチが考えられます。

2. 「価値創出の再定義」戦略

次に重要なのは、価値創出の再定義です。医療機器・サービスの価値は従来、「治療効果」や「診断精度」といった医療的効果で測られてきました。しかし、破壊的イノベーションを起こすためには、価値の定義そのものを変える必要があります。

例えば、治療効果は従来製品と同等かやや劣るとしても、「使いやすさ」「低コスト」「時間効率」「患者体験」といった別の価値軸で優位性を持つ製品・サービスを創出することが考えられます。

日経BPの調査によると、デジタルヘルス分野では「医療機器メーカーや製薬会社など既存のプレーヤーに加え、住宅や食品、スポーツ、旅行、保険、電機といった業界が従来にない発想で、それぞれの強みを生かした新たなビジネスの創出に動いている」という現象が起きています。これは、まさに価値創出の再定義が行われている証拠です。

具体例としては、治療よりも予防に価値を見出す「予防医療サービス」や、病院に行かなくても自宅で健康状態をモニタリングできる「リモートヘルスモニタリング」などが挙げられます。

3. 「バリューネットワークの構築」戦略

最後に、バリューネットワークの構築が重要です。ヘルスケア領域では単独の企業が全ての価値を提供することは難しく、異なる専門性を持つ企業・組織がネットワークを形成し、共に価値を創出することが求められます。

破壊的イノベーションを起こすためには、従来の医療業界とは異なるプレイヤーとの連携が鍵となります。ITやテクノロジー企業、小売業、保険業など、異業種との協業によって初めて実現できるイノベーションがあります。

経済産業省とみずほ銀行の共同調査によれば、デジタルヘルスケア市場は2016年の25兆円から2025年には33兆円へと成長が見込まれています。この成長を支えるのは、従来の医療関連企業だけでなく、多様な業種からの参入による新たなエコシステムの構築なのです。

例えば、医療機器メーカーとITベンダーが提携して患者データプラットフォームを構築し、そこに保険会社や健康食品メーカーが参加することで、包括的な健康ソリューションを提供するといったモデルが考えられます。

まとめ:ヘルスケア領域の破壊的イノベーションが切り開く未来

冒頭で紹介した機器メーカーの開発責任者には、このような観点から新たな戦略を提案しました。具体的には、大学病院などの高度医療機関ではなく、中小規模の診療所をターゲットとした簡易版の機器を開発し、そこでの成功実績を基に徐々に機能を拡張していくというアプローチです。

ヘルスケア領域は、その複雑性ゆえに破壊的イノベーションが難しいと思われがちですが、だからこそ、正しい理解と戦略に基づいたアプローチが大きな差別化につながるのです。

このコラムでは医療・ヘルスケアビジネスに関係する情報やノウハウをお送りしています。面白かった記事やためになった記事は、ぜひTwitter(X)/Facebookでいいね!と拡散をお願いします。また記事に関する要望と意見があれば、コメント、DM、SNSからご連絡頂けると嬉しいです。

出典リスト

  1. 株式会社グローバルインフォメーション「デジタルヘルス市場、2025年に4,837億5,000万米ドル到達見込み」(2023年) https://www.value-press.com/pressrelease/269680
  2. G-TAC「医療の破壊的イノベーションは起きたのか? スペンサー・ナム氏インタビュー」(2021年)https://g-tac.me/topics/nam-vol1
  3. 日経BP「デジタルヘルス未来戦略 有望市場・調査分析編」(2022年)https://project.nikkeibp.co.jp/bpi/report/compendium/dhfs/
  4. 経済産業省・みずほ銀行「令和2年度補正遠隔健康相談事業体制強化事業 調査報告書」(2021年) 参照元:https://www.med-device.jp/repository/guide/med-device-case-study.html

最後までお読み頂きありがとうございました。

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