普通の会社でもできるヘルスケア事業参入の秘訣#41 新規事業に向かう担当者のマインドセット

こんにちは。ヘルスケアビジネス総合研究所の原です。
以前、ある国内トップ企業のイノベーション部門の方にコンサルティングを実施していたときのことです。一通りの調査が終わり、プロジェクトの大枠が決まったところで、その方は真剣な表情で私にこう語りかけてきました。
「先生、プロジェクトは魅力的だと思いますが、以前失敗したことがあるんです。また失敗するのが怖くて…」
この言葉を聞いた時、経営層として考えるべき重要な課題が浮き彫りになりました。今回は経営者の視点から、新規事業担当者のマインドセットをどう形成し、イノベーションを促進する環境をいかに整備すべきかについて考察していきます。
担当者が抱える「失敗恐怖症」の本質
皆さんの組織でも、この担当者のような「失敗を恐れるマインド」を持つ社員はいないでしょうか。新規事業やイノベーションを任された人材が萎縮していては、組織の成長は望めません。その背景には、経営者として見過ごせない構造的な問題があります。
第一に、多くの日本企業では「失敗」に対する評価体系が厳格すぎる傾向にあります。既存事業と同じKPIや評価期間を新規事業にも適用していませんか。シリコンバレーの企業文化にある「フェイル・ファスト」の考え方とは対照的に、日本企業では一度の失敗がその担当者のキャリアに長く影響することが少なくありません。
第二に、担当者個人にリスクが集中する組織設計の問題があります。新規事業の成否が直接的に担当者の評価やキャリアに影響する状況では、保守的な意思決定に傾くのは当然です。イノベーションには本質的に不確実性が伴います。その不確実性をマネジメントしながら、なおかつ担当者が前向きに挑戦できる環境を整えることが、経営者の重要な責務なのです。
経営者が構築すべきイノベーション促進の仕組み
では、経営者としてどのような環境を整備すれば、担当者は思い切ったチャレンジができるようになるのでしょうか。先進的な取り組みから見えてくるポイントを整理します。
まず一つ目は、「評価制度の二軸化」です。新規事業に関しては既存事業とは明確に分けた評価体系を構築する必要があります。具体的には、短期的な売上や利益だけでなく、顧客からのフィードバック数、仮説検証のスピード、ピボット(方向転換)の適切さなど、プロセスを重視した評価指標を設定します。
二つ目は、「リスク分散の仕組み化」です。新規事業の失敗リスクを担当者個人に集中させるのではなく、組織全体で分散する仕組みが必要です。例えば、新規事業提案に対して、会社として明確な投資判断を行う仕組みを構築することで、プロジェクトの成否に関する責任が個人から組織へと移行し、担当者は安心してチャレンジできる環境が整います。
冒頭の担当者の方も、失敗したときには理由を問わず本部から左遷されるのでは?という懸念をお持ちだったようです。このような不安感を持った状態では、失敗を繰り返しながら進むのが当然の新規事業で、プロジェクトが前進する訳はありません。
三つ目は、「挑戦に見合ったリワードの設計」です。リスクを取る行動には、それに見合った報酬が必要です。イノベーションを促進するための特別インセンティブ制度を設け、新規プロジェクトの成功に貢献した社員に対して通常の評価制度とは別枠での報酬を用意することが効果的です。このような取り組みは、担当者のモチベーション向上と挑戦意欲の醸成に効果的です。
リスクとリワードのバランス設計が鍵
経営者として最も重要なのは、リスクとリワードのバランス設計です。新規事業担当者が「失敗しても自分のキャリアは守られる」という安心感と、「成功すれば大きな成果が得られる」という期待感の両方を持てる環境づくりが求められます。
例えば、グーグルの「20%ルール」は有名な例ですが、日本企業においても同様の考え方を取り入れる動きが見られます。社員が通常業務とは別に自由な発想で新しいプロダクトやサービスの開発に取り組める時間と環境を提供する企業が増えています。このような制度の特徴は、失敗に対するペナルティがないことと、成功した場合には正式なプロジェクトとして会社のリソースが投入される点にあります。
また、イノベーションを組織文化として定着させるには、経営トップ自らが「挑戦する姿勢」を示すことも重要です。リーダー自身が率先してリスクを取る姿勢を見せることで、組織全体のマインドセットも変わっていくのです。私が関わった成功事業も、例外なくトップが率先して新規事業に取り組んでいます(逆に失敗した事例は、途中から部下に任せっきりになることが多いです)。
結論:担当者の挑戦を支える環境づくりを
冒頭でお話しした担当者のような「失敗を恐れるマインド」は、個人の問題ではなく組織の課題です。経営者として、皆さんがリスクとリワードのバランスを適切に設計し、挑戦を奨励する環境を整えることで、担当者は自信を持ってイノベーションに取り組むことができるようになります。
日本企業の課題は「アイデアの不足」ではなく、むしろ「挑戦する環境の不足」にあります。慣れ親しんだ既存事業モデルから脱却し、未知の領域に踏み出す勇気を持った担当者を育てることが、今後の企業成長の鍵となるでしょう。
イノベーションの成功確率を高めるためには、担当者が失敗を恐れず挑戦できる環境整備と、その挑戦に見合ったリワードを用意することが必要不可欠です。経営者であるあなたの決断と行動が、組織の未来を大きく変える第一歩となるのです。